1990年代前半

AV女優・浅倉舞が鳴り物入りでデビュー!絶頂期での引退や復帰の真相とは?!

浅倉舞のデビューから引退・復帰・完全引退まで

浅倉舞のデビューから引退・復帰・完全引退まで

【浅倉舞プロフィール】

  • 生年月日 1972年11月8日
  • 出身地  東京都
  • 血液型 A型
  • 身長 / 体重 160 cm / ― kg
  • スリーサイズ 88 – 61 – 89 cm

浅倉舞のデビューの経緯

浅倉舞のデビューの経緯

芳友舎の清純派レーベル「Tiffany」から「処女宮」シリーズ第3弾として、1992年に華々しくデビューした女優が浅倉舞になります。

そのデビューの際のキャッチコピーが「衝撃度は、葉山レイコを凌ぎ/過激度は、星野ひかるをも超える」とありますから、当時の期待度がわかるのではないでしょうか。

実際、処女宮第2弾の星野ひかる以来、2年ぶりのリリースとなるので、浅倉舞は破格の扱いだったことが伺えます。

ちなみにこの処女宮シリーズの第4弾は1994年の白鳥美香ですから、またもや1年間該当する人材がいなかった…ということもあるでしょうが、浅倉舞の活躍が1年間の猶予期間をくれたとも考えられます。

現にその後の活躍ぶりは目覚ましいものがありました。

星野ひかるが1年余りの活動を経て、あっけなく引退してしまったことで、1991年の新人不在の空白期間が全て浅倉舞の双肩にかかっていたのでしょう。

その思いを一身に背負ってのデビューですから、同社の屋台骨を支えた女優と、後々語り継がれるようになるのも納得のところかもしれません。

そんな浅倉舞ですが、デビュー時は19歳で両親公認での活動だったようです。

デビューに際し、何か月も悩んで眠れぬ夜を過ごしたことを『処女宮 第3章』で語っていましたので、おそらく最終的にはご両親との協議を図った上での決断だったのでしょう。

ご両親からの後押しを得たということは、それだけデビューにかける思いが、生半可な気持ちではなかったということ。

浅倉舞のその後の活躍ぶりは、ご両親を安心させるための責任感に裏付けられたものなのかもしれません。

浅倉舞の引退の真相

浅倉舞の引退の真相

1992年3月リリースの作品『処女宮 第3章』にて鳴り物入りでデビューした浅倉舞ですが、AVへの出演の大きな動機として「留学資金を貯めるため」というのがあったようです。

彼女の場合、全くの絵空事というわけではなく、語学が得意なこともあり1年間アメリカへ留学の経験があることもインタビューの際に語られてましたよ。

きっとご両親を説き伏せるための判断材料になったのかも…なんて想像してしまいます。

余談ですが、デビュー作を観ていて感じたのですが、アイドルの浅香唯に目元や声が似てることで、浅倉舞という名前が付けられたのかなぁ~なんて…違いますかね?

趣味にカラオケをあげていましたが、十八番の中に浅香唯の曲が入ってたりして…ちょっと気になるところです。

それはともかくとして、1995年の引退までに共演モノも含め40本ほどの作品に出演されています。

約3年半の活動を経て、留学への目標額に達したのでしょうかね。その引退を思い立った理由については、あまり広くは知られていないようです。

当時22歳であれば、もしかしたら学業との2足のワラジだったのかも…。

しかし、当時は女優業のみならず、映画やテレビに声優、写真集など幅広く活動していただけに、築き上げたものをパッと手放すとも考えにくいんですよね。

その真相は本人と関係者のみぞ知る…と言ったところなのでしょうかね。

その後ある噂が巷に流れ出しますが、それについては次の章でみてまいりましょう。

浅倉舞の逸話や復帰まで

浅倉舞の逸話や復帰まで

元大リーガーでAV愛好家でも知られる松井秀喜が、お気に入りの女優に有賀美穂とともに挙げたのが浅倉舞でした。

浅倉舞がデビューした時は、彼は2歳年下なのでまだ17歳の高校生だったのでしょう。

小生もそうでしたが、その年頃って年上の女性に憧れるもんですよね。きっと母性を求めてしまうのかも。

しかし、そんな逸話から、当時の浅倉舞の人気ぶりが伺い知れるとともに、彼女が活躍していた時代もわかるのではないでしょうか。

1995年8月リリースの作品『遺書』がラスト作のようですが、なんとも意味深なタイトルですね。

小生はまだ鑑賞できてませんが、そこに引退の真相…とはいえないまでも、何らかの手がかりがあるのかもしれません。

当時はブログやSNS等はない時代ですから、当人の生の声は中々推し量ることは難しかったに違いありません。

きっと惜しまれながらの引退だったことが伺えますが、引退後はどうやら吉原の高級ソープ店に在籍との噂もチラホラ。

店舗の宣伝広告に女優名が明記されていたのでしょうかね。それとも口コミかしら?

その後1999年1月にアリスJAPANから『Revival』にて復帰をする26歳の浅倉舞。

ちなみに2ちゃんねるが開設されたのが1999年5月ですから、情報が拡散するようになる時代よりも前の復活劇となります。

かねてから語っていた留学は成し得たのでしょうか…空白の4年の期間に思いを馳せる小生でした。

もちろんこの浅倉舞の復帰に、ファンは色めき立ったのは言うまでもありません。

浅倉舞の復帰の真相と完全引退

浅倉舞の復帰の真相と完全引退

そんな復活を遂げた浅倉舞ですが、なぜか1999年9月に復帰からわずか1年も経たずして完全引退をされたようです。

その9か月間に残した作品は計8本…まだまだ需要ががあり、これからという矢先だったのではないでしょうか。

復帰の理由が雑誌のインタビューで語られていたようですが、なんと500万の借金返済のためだったんだとか。

ならばもっと活動しなければ目標額に達しないのでは…。

しかし、一世を風靡した女優であれば、1本100万で取り分60万だと仮定すれば到達も可能な数字なのかもしれません。

どんな経緯があっての引退かは推測するしかできませんが、最後の作品からは特別ラスト感が伝わってこないように思います。

なんらかの別れの予兆なり言葉があったのでしょうかね。

復活が叶ったのもファンあってのこと…浅倉舞の人間性が問われるところかもしれません。

ただ、まだブログやSNSの普及する前のお話ですので、簡単に心情を吐露するツールがなかったので致し方がないようには思います。

それよりも、空白の4年間の借金の方に思いを馳せてしまいます。

悪い男にでも貢がされたのか、はたまた身内の借金の肩代わりにでもなったのか…真相はいまだやぶの中です。

特技の語学を活かした仕事につきたいと話していた浅倉舞。

あれから早くも20余年の月日が経っていますが、きっと我々と同じに歳を重ねていることでしょう。

願いが叶っているかはともかくとして、元気な様子が風の便りで聞こえてきただけでも嬉しくなる今日この頃です。

浅倉舞のデビュー作『処女宮 第3章』鑑賞レビュー

浅倉舞のデビュー作『処女宮 第3章』鑑賞レビュー

「処女宮」シリーズの特徴は、女優のデビュー作なので、人となりがしっかりと描かれているところにあるように思います。

セックスを行う前や最中、終わった後など、まるでドキュメンタリー作品を観ているようですもん。

ちなみに初体験は高2の時でバスケット部のキャプテンだったんだとか。

経験人数は3人ということですから、19歳の少女としてはノーマルの方なのかもしれません。

30代前半の加藤鷹が耳たぶをハムハムしながら、「初めてブラジャー着けたのはいくつの時?」と囁くように聞いてきますよ。

「小5の時」と答えていましたが、愛撫をしながらのインタビューは中々今見ると斬新でしたね。

中盤の加藤鷹との初カラミのシーンでは、フェラチオをさせながら「今どんな味がしてるの、美味しい?」と聞いていましたが、これはカッコいい彼だから許されるのでしょうね。

しかも会話をしながら、後ろから手を回し、さり気なくおマンコをいじって気持ちの高ぶりを促す心遣い。

そしてダメ押しの「うわ、気持ちいい~!」という言葉に、しゃぶる勢いも激しくなっていくのですから、さすがというより他ありません。

後半は速水健二のサポートのもと、オナニーをする浅倉舞。

キスする前に「ステキだよ」の一言は有効かも…。

自分のことを「舞が…」と話す19歳の少女の幼さと、当時の男優さんの紳士さが印象的な作品でした。

【FANZA】 浅倉舞デビュー作「処女宮 第3章」

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